ヨキの柄

あれこれ徒然に

鹿と過ごす時間

私の作業小屋は里山の中にあってキツツキやフクロウなど季節の鳥や鹿、キツネなどの野生動物が訪れる。この春にはまだ幼い鹿が単独で訪れ、夏に気温の上がる前まで毎日のように顔を合わせた。お互いに程よく距離を保ちつつ、その鹿は小屋の前の草地で草を食み、私は作業をするという日々を送ることができた。

 

 

『距離』

風薫るその日、突然彼女は私の前に現れた。私はいつも通り山道を上がり作業小屋へ着いた。草のやわらかさを足裏に感じながら車から降りると私は固まった。幼い鹿が軒下に座り込んでいた。彼女も固まった様子でこちらを伺っていた。私は驚くとともに嬉しさがこみ上げた。ゆっくりとしゃがみ込むと、彼女も上げた首を下ろしてとろんとした眼を地面に向けた。どうやら眠いらしい。私はしばらくその姿を眺めていた。やがて彼女は欠伸をして立ち上がり、とことこ歩いて草を食んだ。私は仕事をし、彼女は草を食む。互いに絶妙の距離を保ち、しかし私はその関係を壊さないよう気を払った。次第にその距離は私にとって心地よいものとなり、辺りはいつしか夏風に包まれていた。

 

その鹿は夏の間は作業小屋を離れた。おそらく気温が低い場所へ行ったのだと思う。9月も半ばとなり随分涼しくなった先日、その個体と思われる鹿が小屋の傍に来ていた。一回りも二回りも大きくなった体つきで、毛艶もよく、立派な鹿になっていた。これから秋にまた顔を合わせる日が増えるかと期待する。

 

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6月の初め頃に小屋の軒下で食後の休憩中の様子。なんとも愛らしい。