ヨキの柄

あれこれ徒然に

ポンと買った車

今週のお題「人生で一番高い買い物」

 

世の中に携帯電話が普及する頃、私は機械設計の仕事で儲けていた。様々な現場で使われる機械を設計していた。中でも、携帯電話の基盤を作るプレス機の動力となる機械を設計製造していた頃は儲かった。毎日朝から晩までCADで図面を描き、打ち合わせや納入やメンテナンスであちこち現場へ出向いた。車で、飛行機で。ホテルに泊まり、ご当地の美味いものも食べた。

 

図面は描くだけの仕事と実際に機械を製作するまでの仕事とあって、描くだけの仕事も単価が高かった。こんなぐらいの図面は自分たちで描けるだろうにと思うような簡単な図面でも外注で受けるという贅沢な頃だった。それも1枚数万円にもなる美味しい仕事だった。ちょいと手直しするだけの仕事もそれくらいの単価が取れた。設計から製作した機械を納入すればそれなりの額の売り上げとなった。数十万から数百万円の仕事を月に何件も納入した。数か月はもちろん、数年先までの仕事もあって、順風満帆だった。それでも、こういうことが長くは続かないのは解っていたので、儲けられるだけ儲けようとした。その後はどうなるかも覚悟はしていた。

 

で、月に1500万円からの売り上げが続いて、会計士さんは「私の担当する中で最高です」と言っていた。忙しいけれど、楽しくもあった。何せ儲かるのだから。でもやはりバブルである。そんなお金は残らない。

 

そんな中で、車を買ったことがあった。BMWの1シリーズが登場して、一目惚れだった。近くのディーラーに行き、注文した。当時、1シリーズには120i、118i、116iというラインナップがあって、私は中間の118iを選んだ。スパークリンググラファイトというボディカラー。車両価格はたしか330万円くらいだったと思う。

 

契約の全額を一括で振り込んだ。お金は銀行にたくさんあったので、ローンを組む必要はなかった。日本車のように値引きもないし、値引きを要求することもなく、カタログを見て「118iにします。色はこれ。これとこれを付けて。現金一括で。急ぎませんから」という感じだった。たまたまその装備の車両があって、すぐに納車された。

 

現場で汚れた作業服のまま乗り込んだし、渓流釣りやスキーにも行った。濡れたウェーダー、シューズのまま乗り降りした。スキーキャリアにスキー板を積んでスタッドレスを履いて雪山へ出かけた。サイクルキャリアにマウンテンバイクを積んで山へ出かけた。忙しかったけれど、運転が楽しくてたくさん野遊びに出かけた。傷や汚れもあまり気にしなかったけれど、洗車だけはよくしていた。10年乗って、乗り降りがしんどくなったので、X1に乗り換えた。それは今は妻が乗っている。

 

私はその仕事からは抜け出し、今は山里に暮らし、ジムニーJB64に乗っている。高収入とBMWは私の人生で一度きりのバブルだった。もうそういうのは要らない。今は土地も家もお金も要らない。山里で炭を焼き、鹿や鳥と話し、少し食べてよく寝て、渓流釣りをして老いていく。老眼が始まり、体力や気力が落ち始めた。世の中の動向にも興味が無い。自分の周りの小さな世界の、少しの人たちとのふれあいでいい。SNSにも興味が無いし、活用もしない。テレビはもう久しく観ていない。ネットニュースも観ない。スマホのバッテリーも減ることが無い。

 

 

BMW118i。その儲けた仕事から抜け出した後もしばらくは乗っていた頃の写真。借家の八朔の木の下にて。大きな八朔が毎年たくさん採れた。ビワの木もあった。鳥のフンをよくいただいた。この頃はまだ街外れに住んでいた。しばらくしてX1に乗り換えて、そして山里へ移り住んだ。かまびすしい世の中から逃げたのだ。いつもピカピカにしていた懐かしい私の118i。そんな思い出もまた懐かしい。

 

とにかくかっこよかった。デザインが好きだった。FRで、運転も楽しかった。10年間ずっと飽きることがなかった。でも、乗り降りがしんどい、という老化現象が私には少し早く来た。スポーツ仕様カーに乗るという執着もまったくなかった。この車は好きだったけれど、執着はしなかった。

 

自分の仕事や活動には信念と哲学をもって取り組む。ただし、今はお金儲けのためではない。自分の居場所は自分で作るものだけれど、そこにお金は要らない。信念と哲学、それに笑顔があればそれでいい。世の中から逃げてもいい。ただし、逃げ方にも信念と哲学が必要。ただ逃げ出すだけではその後が無い。モノはお金があればポンと買えるけれど、買えないものもある。今の私はそういうものをたくさん持っている。いつ死んでもいい。信念と哲学をもって毎日を過ごす。楽しいことはもっとしたいし、笑顔でいたいし、笑顔にたくさん出会いたい。だけど、いつ死んでもいい。今はそう考えている。

 

48の中年男子は今、テンカラ釣りとRCカー、山仕事と野良仕事、地域活動、たまにコカリナを吹き、たまにギターで高田渡を弾き歌う。私のすることはすべて仕事。お金は出たり入ったり。大切なものは入り、出ていくことはない。